東京高等裁判所 昭和52年(行ス)15号 決定 1978年5月26日
抗告人
焼津市
右代表者
服部毅一
右訴訟代理人
天野保雄
相手方
清水菊蔵
外一二名
右相手方一三名代理人
佐藤久
同
大橋昭夫
相手方
林みな
主文
原決定を取消す。
相手方らの本件文書提出命令申立を却下する。
理由
一本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。
一件記録によれば、本件の本案訴訟(静岡地方裁判所昭和四九年(行ウ)第一一号、同昭和五〇年(行ウ)第四号)における相手方ら(原告)の主張の要旨は、相手方らは抗告人(被告)の施行する志太広域都市計画焼津駅南北土地区画整理事業駅前工区(以下、本件土地区画整理という。)の仮換地指定処分、換地処分、清算金徴収分等を受けた者であるが、右換地計画の決定及び縦覧は仮換地指定後一六年も経過してからなされた違法があるとともに、抗告人のなした清算金徴収決定の前提となつている従前地及び換地の各評定価額の算定方法がきわめて不当であり、なんら根拠のないものであるから、相手方に対する清算金徴収決定の取消等を求めるというにあること、そして、相手方は、本案訴訟において、「右仮換地指定処分、換地処分、清算金徴収処分等において住民の意思が反映されなかつた事実」及び「本件土地区画整理審議会(以下、本件審議会という。)が大勢において施行者のツユ払い的役割に甘んじていた事実」を立証するためとして、本件審議会の議事録一切を民訴法三一二条三号前段もしくは後段に該当する文書であると主張し、その提出命令の申立をしたものであることが明らかである。
二そこで、本件審議会の議事録一切が民訴法三一二条三号前段もしくは後段に該当する文書であるか否かについて判断する。
1 民訴法三一二条三号前段にいう「挙証者の利益のため作成された」文書とは、当該文書により挙証者の法的地位、権利又は権限が明らかにされるものを言い、それが挙証者の利益のためにのみ作成された場合に限られるものではないと解するのが相当である。
本件議事録は、本件審議会が、施行者である抗告人による換地計画の作成、変更、利害関係人からの意見書の内容の審査、仮換地指定処分、減価補償金の交付額の決定等について意見の具申及び抗告人による過小宅地又は過小借地の基準の決定、増換地又は減換地処分、評価員の選任等について同意の表明など、その職責を果す過程において作成されるものである。そして右の意見を記載した書類等が土地区画整理法八四条、同法施行令七三条三号により主たる事務所に備え付けられ、対外的に閲覧に供すべき書類とされているのに対し、右議事録は、専ら本件審議会内部における事務処理の必要のため事実上作成される覚書的記録文書であり、およそ挙証者である相手方らの利益のためにも作成された文書であるとはいえず、かつ、本件土地区画整理における相手方らの地位、権利又は権限が明らかにされる性質のものとも認め難い。従つて、本件審議会の議事録は、民訴法三一二条前段に該当する文書でないというべきである。
2 また、民訴法三一二条三号後段にいう「挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成された」文書とは、挙証者と文書の所持者との間の法律関係それ自体を記載した文書だけではなく、右法律関係と密接な関係がある文書で、これを提出させることが当該文書の性質に反せず、訴訟における当事者間の信義、公平に適し、かつ、裁判における真実発見のために重要である場合には、この文書もまた右法条後段の文書に含まれるものと解するのが相当である。
本件審議会は、申立人ら本件土地区画整理工区内の宅地所有者により選挙された委員等をもつて組織され、本件議事録は同審議会が抗告人作成の換地計画につき意見を提出する等のため審議した経過を記録したものであるところ、右議事録は相手方らと抗告人との間の法律関係を記載した文書ではなく、前述のように同審議会の内部的な覚書的記録文書であり、その作成を義務づける法令上の明文はない。さらに、土地区画整理審議会については法令上その審議内容の公表を禁止する規定はないけれども、記録によれば、本件審議会は非公開であり、その議事録は一般の縦覧に供せられていないこと、審議会における各委員の発言、討議の内容は、これが公表されることになると関係権利者の各委員個人に対する不満や非難を喚起する事態も予想され、審議会における委員の公平かつ自由な討議に支障をきたす虞れがあること、また関係者のプライバシー等に関する事実も公表される結果となる可能性もあることが認められる。
一方、本件一件記録によれば、相手方らは、本件訴訟において、本件議事録による立証事項として掲げている事実は、前記のとおり本件土地区画整理による清算金徴収決定の取消原因として主張しているものでなく、右事実が取消原因として主張する事実と法律上いかなる関係にあるのかも明確でなく、相手方の本件議事録により立証しようとする事項が本件において重要であることを首肯するのに困難である。なお、本件清算金算定の根拠は抗告人が既に本件訴訟上これを明らかにしている。
以上の諸点を勘案すると、本件審議会の議事録は、本件土地区画整理及び相手方らに対する清算金徴収処分による法律関係の成立過程において作成された文書ではあるが、本件審議会が自己使用のために作成した内部的文書であり、右法律関係との関係において密接なものであるとはいい難く、本件訴訟の審理にとつて重要な証拠となりうるものかどうかも極めて疑わしく、抗告人や第三者の意思又は利益に反してまでも右議事録一切を提出させるべきものとは認め難いので、右議事録は民訴法三一二条三号後段所定の文書には該当しないものというべきである。《以下、省略》
(外山四郎 海老塚和衛 鬼頭季郎)
〔抗告の趣旨〕
原決定を取消す旨の裁判を求める。
〔抗告の理由〕
一 相手方は本件駅前工区土地整理審議会の議事録一切をもつて、本件区画整理の仮換地指定処分、換地処分、清算金徴収処分等において住民の意思が反映されなかつた事実と区画整理審議会が大勢において施行者のツユ払い的役割に甘んじていた事実を立証すると申し立てるが、かかる申立は具体性を欠き、相手方が訴状請求の趣旨で主張する「換地処分清算金」の決定の取消といかなる関係があるのか判然としない。
二 相手方が本訴において取消を求めている清算金の決定は「換地処分」の中で行なわれるものである。すなわち換地処分は土地区画整理法(以下「法」という)第一〇三条第一項により関係権利者に対し換地計画において定められた関係事項を通知するものとされ、換地を定める場合の換地処分は、換地明細、各筆各権利別清算金明細、換地図をもつて通知されている(法第八七条)。相手方が本訴で取消を求めている清算金は、上記の各筆各権利別清算金明細に明らかにされているのである。したがつて本訴の争点は、換地処分の違法性の有無にある。そのめに民事訴訟法第三一二条第三号後段が規定する挙証者と文書の所持者との法律関係について作成された文書の範囲は「換地処分」に係る土地区画整理審議会議事録に限定されるべきである。具体的には法第八八条六項による土地区画整理審議会の意見を聞くために開催した審議会の議事録がこれに該当する。
三 審議会の会議の運営について公開する旨の法的定めはない。本土地区画整理審議会の会議も非公開で運営されている。これは審議会がその重要な処分について審議するにあたり自由な討議を確保すること、各権利者・第三者の機密保持等の要請から配慮されたものである。したがつてそれら非公開の審議経過を記録した議事録についてもその取扱いは慎重かつ必要限度にとどめるべきである。